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  • 27、高木聖鶴と小山やす子 

    27-1、高木聖鶴 一所不在の精神

    キビキビと毎日を過ごし、何事にも興味を持って意識高く毎日を過ごす。生涯学習と語る言葉は柔和でも話す人の目指す頂はとてつもなく高い。そんな姿を連想させる書家、高木聖鶴は岡山県総社に生まれ、生涯を同地で過ごし、風光明媚な吉備を愛し続けました。草書を読めるようになりたいという欲求から独学で始めた書の世界に魅了され、同郷の内田鶴雲に師事して戦後書壇の中枢で活躍しました。

    まず臨書作品からご紹介します。

     

    ※1

     

    穂先のばねを活かした連綿が魅力的です。

     

    ご寄贈時に箱書きもしていただきました。

     

    箱書き 表面

     

    箱書き 裏面

     

     

    元々独学で古筆を学んでいた聖鶴は、生涯を通じて様々な古筆を繰り返し臨書して滋養としました。古今和歌集1111首を諳んじ、1年で200本もの全臨に取り組んだ年もあったといいます。師鶴雲は古筆に加え、漢字を積極的に学ぶことを勧め、聖鶴もまた大きな影響を受けたと明かす王鐸をはじめ、漢字、かなにこだわらず多くの作品を学びました。

    次に平成に入ってからの作品をご紹介します。

     

    ※2

     

    メリハリのあるしっかりとした書き振りの草仮名で堂々と揮毫されています。余白の明るさがより文字を際立たせています。

    もう一点、

     

    ※3

     

    ※3 部分

     

     

    かなの醍醐味である細字の連綿で書き進められた前半部分と、大胆な変化で展開する後半部分の切り返しが見どころの作品です。物語を読み進めるような引き込まれる魅力を感じます。

     

    こちらの屏風は2点とも朝陽書道会屏風展の出品作で、成田山新勝寺の橋本照稔貫首晋山記念にご寄贈いただいたものです。

     

    屏風展への出品作として紙面のサイズが自ずから限られた条件の中で、大字、小字ともに存在感のある独自の世界を存分に発揮しています。古典を幅広く学ぶことでどのような条件でも作品として表現できる引き出しが増えるのでしょう。どんな条件をも作品の魅力に取り込む奥行きを感じさせます。

     

    モットーとされる一所不在の精神で常に新鮮な作品を発表され続けた高木聖鶴先生。当館待望のご寄贈記念の展覧会をご覧いただけなかったことは痛恨の極みでした。(山﨑亮)

     

    【掲載収蔵作品】

    ※1、高木聖鶴 貫之集下 1冊 1cm×16.9㎝ 彩箋墨書 昭和34年 高木聖鶴氏寄贈

    ※2、高木聖鶴 万葉集「あらたまの」 六曲半双屏風 5㎝×313.0cm 絖本墨書 平成15年朝陽書道会屏風展出品作 高木聖鶴氏寄贈

    ※3、高木聖鶴 古今和歌集「賀歌」 六曲半双屏風 7cm×304.4cm 彩箋墨書 平成15年朝陽書道会屏風展出品作 高木聖鶴氏寄贈

  • 27、高木聖鶴と小山やす子 

    27-2、小山やす子「貫之の歌四首」「土佐日記」

     

    当館では、平成を代表する仮名作家の一人として活躍した小山やす子の作品コレクションを所蔵しています。日展会員賞「山家集」、毎日書道展文部科学大臣賞「貫之の歌四首」、成田山橋本照稔貫首晋山記念「三十六人家集屏風」、最晩年の現代書道二十人展出品作などを含むコレクションは全部で28件。その白眉はなんといっても平成十五年に毎日芸術賞を受賞し、平成時代の仮名を象徴する代表作「伊勢物語屏風」です。現在は東京都美術館の「読み、味わう、現代の書」展に出品されています。特注の大型屏風は、実は成田山書道美術館の展示場に映えることを考慮して制作されたものです。一方で、「貫之集」や「紫式部集」のように何巻もの巻子本を一具として箱に収めた大作、短冊やかるたなどを折帖に貼り込んでひとまとめにした作などもあり、その様式と装丁の幅広さで作品ごとに見る者を引き込んでいきます。

     

     

    小山は良家の子女として生まれ、茶道や華道、書道、油絵など数々の習い事に親しみ、仏像や李朝・備前、魯山人のやきものなどにも関心を寄せながら育ちました。自宅にはいつもお気に入りの古筆を掛けていました。「美しく生きなければ、美しいものは創れない」という姿勢がその日常生活にも溢れていました。

     

     

    こちらは平成十四年の毎日書道展において文部科学大臣賞を受賞した大字仮名作品「貫之の歌四首」です。小山は古筆の拡大臨書をしたり、拡大鏡で一字一字追ったりしながら転折や筆圧の変化を読み取っています。また、一つの古典において「古典全体の呼吸を的確に、鋭敏に読み取りながら」臨書することを大切にしました。「原本に迫る情緒の感応」があってこそ学びが深くなるといいます。この大字仮名においても、連綿を多く取り入れ、情感の表現を重視しています。小山の大字仮名は、あくまで仮名本来の運筆のリズム感や情感を遺しながら追究する姿勢を貫いているように見えます。大字仮名の爛熟期にあり、一世代前の作家とはまた一味異なった完成度の高さを認めることができます。この作品に至るまでに多くの大字作品を発表してきましたが、小字作品に趣向を変えるのもこの頃です。

     

     

     

     

    こちらは、「土佐日記」の全編を書き下ろした大作で、二十三巻を一具とし、桐箱に収めています。その一部は時に応じて展覧会に出品されています。例えば第十二巻は日中女流書道家代表作品展に、第十八巻は平成十九年の毎日書道展に、といった具合で、展覧会には額装で発表したものを改めて巻物に仕立て直しています。公募展などの展覧会における作品発表が主流となった今日、自ずと規定にあわせた作品制作になりがちです。しかし、当館に寄贈していただいた大作にはその事情をあまり感じさせません。純粋な感性に沿って表現したい作品の全体像を描き、あくまでも制約にしばられることなく自由に制作したように映ります。この「土佐日記」や「伊勢物語」「紫式部日記」などの屏風や巻子本の制作は、晩年のライフワークでもありました。胸中に思い描いた大作に息長く取り組んでいくことで、書はもちろんのこと、料紙や装丁などにも意を凝らした会心の作品群を遺すことができたのでしょう。

    小山は古典一つひとつを丁寧に吟味し、臨書を繰り返しました。題材の内容理解も身についたもので、それぞれの物語や詩歌の情感に常に寄り添っていました。大作であってもサラッと仕上げてしまう力量と透徹した美意識、さらには豊かな鑑賞体験が多くの作品に合流しています。(谷本真里)

     

    【掲載所蔵作品】
    「貫之集」平成23年 4巻
    「貫之の歌四首」平成14年第54回毎日書道展文部科学大臣賞 一面
    「土佐日記」23巻

  • 27、高木聖鶴と小山やす子

    27-3、小山やす子「伊勢物語屏風」の料紙について

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    平成の仮名を代表する作品のひとつ、小山やす子「伊勢物語屏風」。
    弊館の大会場に展示する作品を寄贈してほしいと依頼し納めていただきました(右隻は平成11年、左隻は13年寄贈)。熟練した技量をいかんなく発揮した小山先生の代表作です。この作品で15年に毎日芸術賞を受賞しています。
    先生は「作品は料紙で決まる」といい、特に料紙にこだわりがあったようです。この作品の料紙を制作したのは、大柳久栄先生。平成2年ころに知り合い、何度も小山先生の料紙を手掛け、信頼関係が築きあげられたうえでこの屏風の作品の制作にあたったそうです。

    小山先生は以前から今村紫紅にあこがれ、東京国立博物館に足繁く通い作品をよく見ていました。この屏風の制作に取り掛かる前、二人で今村紫紅の展覧会を見に行った時のこと。長巻の「熱国之巻」2巻を見て、ふんだんに使われた金箔の振り方が面白いと着想を得、「これをいただいて作りましょう」と小山先生。これが話の始まりだったようです。

     

    この料紙を手掛けた大柳久栄先生にインタビューしました。

     

    小山先生からはどのような依頼がありましたか?
    今村紫紅の南国の風景を描いた絵巻物を参考にして明るい作品に仕上げてほしいと言われました。初めは巻物を作る予定で進めていたところ、屏風に変更。屏風だと一面なので、草稿の段階からどのような情景が良いのか、山や雲はどのあたりに配置したらよいのか細かく相談しながら進めました。

     

    右隻は紅梅で染めていますね。
    紅梅は埼玉県飯能の円泉寺の梅の幹を使いました。成田山と同じく真言宗智山派のお寺です。1月成人の日だったと思いますが、大雪で折れてしまった梅の幹をいただきました。花が咲く直前の木の幹は、折れてしまったところから色味がわかるほど。すぐに家に運んでもらい染めてみたらいい色が出たんです。すぐに小山先生に連絡して屏風はこれでいこうという話になりました。

     

     

    左隻の屏風の「月」は今村紫紅「熱国之巻」(夕之巻)の最後に描いてある「月」がモチーフになっているとのこと。その光景が強く印象に残った小山先生は、その月を表現してほしいと大柳先生に頼んだそうですね。
    メインは「月」だと伺いました。しかし月だけと言う訳にもいかず、それにあまり強烈な月にしてしまっても文字との調和が難しい。そこで山や雲といった自然な情景を表すのに構想を練りました。

     

     

    左隻は藍の生葉で染めたものですね。
    京都の吉岡幸雄さんの家で栽培された藍の生葉を送っていただきました。生葉は新鮮なものを使わないといけないので一度にたくさん届いても使い切れません。6回くらいに分けて送ってもらい、その都度染めました。1回につき1段分を染めるようなイメージです。それでも色味に差が出ます。染めたものを並び替え、薄いものから濃くなるようにしているので下段が一番濃いはずです。

    この左隻は右隻の紅梅の料紙をつくってから3年ほど時間が経っています。紅梅の方は横に広がりのある情景で、穏やかで静かなのどかなイメージ。藍の方は縦に動きを出して少し趣が異なるようにしようということになりました。

    確かこの月は直径1メートルの円だったと思います。左右各段にまたがって描いていて、紙を継ぎ合わせる部分も考えて、屏風に仕立てた時にきれいな円に見えるようにするのが難しかったです。箔の装飾も、貼り付けるのではなくて、大きさの異なる砂子をムラになるように撒いていきました。

     

     

    ひとつの屏風に何セット作られましたか?
    紅梅も藍も3組ずつ仕上げました。その3組を同じように仕上げるのが難しい。特に円くみえる「月」。屏風に仕立てるので左右の余白を残しておかないと折がかえる部分があります。少しずれてもいいように重なるように工夫して箔を撒きました。
    やはり草木染めは、長期間光にあたっていたり、空気にふれていたりすることによって少しずつ色味が変化します。この藍も作ったころと今とでは青みが薄くなっているような気がします。

     

    使った紙は楮紙ですか?
    右隻の紅梅は新潟の小林康生さん、左隻の藍は長谷川聡さんの紙です。どちらも楮紙で4匁くらいのもの。打紙をして3.5匁くらいの厚さになっています。

     

    そのほかに工夫したところなど自由にお聞かせください。
    箔を装飾するのにドーサ液を使いますが濃いと紙がバリバリになってしまい、書く時も筆がとられ書きにくい。何度も重ねるので特に薄いものを使いました。これが強いと紙がゴワゴワしてきます。なるべく自然な風合いに仕上げようとしました。何もないように見えるところもうっすらと砂子を撒いています。
    砂子や雲母をよけなくても上から気持ちよく書いてもらえるのが理想。書きやすい紙をつくらなければいけないと思っています。ドーサ液は必要な分だけ。貼り付けばOK。余分なものは残さない。なるべく自然な風合いに。殊更にデザインしました、というようなものではなく自然的な要素を大事にしています。この料紙制作は楽しくさせていただきました。(聞き手 田村彩華)

    2020年12月インタビュー(抄出)

     


    伊勢物語屏風贈呈式 記念講演 平成13年 成田山書道美術館

     

    平成15年毎日芸術賞授賞式 中央:小山やす子先生 左から4人目:大柳久栄先生

     

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」に展示中(2021年1月7日まで)

     

    【掲載作品】成田山書道美術館蔵
    小山やす子「伊勢物語屏風」 平成15年毎日芸術賞 彩箋墨書 六曲一双 各251.0×497.0㎝ 右隻平成11年、左隻平成13年寄贈