27、高木聖鶴と小山やす子

27-3、小山やす子「伊勢物語屏風」の料紙について

 

東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

 

平成の仮名を代表する作品のひとつ、小山やす子「伊勢物語屏風」。
弊館の大会場に展示する作品を寄贈してほしいと依頼し納めていただきました(右隻は平成11年、左隻は13年寄贈)。熟練した技量をいかんなく発揮した小山先生の代表作です。この作品で15年に毎日芸術賞を受賞しています。
先生は「作品は料紙で決まる」といい、特に料紙にこだわりがあったようです。この作品の料紙を制作したのは、大柳久栄先生。平成2年ころに知り合い、何度も小山先生の料紙を手掛け、信頼関係が築きあげられたうえでこの屏風の作品の制作にあたったそうです。

小山先生は以前から今村紫紅にあこがれ、東京国立博物館に足繁く通い作品をよく見ていました。この屏風の制作に取り掛かる前、二人で今村紫紅の展覧会を見に行った時のこと。長巻の「熱国之巻」2巻を見て、ふんだんに使われた金箔の振り方が面白いと着想を得、「これをいただいて作りましょう」と小山先生。これが話の始まりだったようです。

 

この料紙を手掛けた大柳久栄先生にインタビューしました。

 

小山先生からはどのような依頼がありましたか?
今村紫紅の南国の風景を描いた絵巻物を参考にして明るい作品に仕上げてほしいと言われました。初めは巻物を作る予定で進めていたところ、屏風に変更。屏風だと一面なので、草稿の段階からどのような情景が良いのか、山や雲はどのあたりに配置したらよいのか細かく相談しながら進めました。

 

右隻は紅梅で染めていますね。
紅梅は埼玉県飯能の円泉寺の梅の幹を使いました。成田山と同じく真言宗智山派のお寺です。1月成人の日だったと思いますが、大雪で折れてしまった梅の幹をいただきました。花が咲く直前の木の幹は、折れてしまったところから色味がわかるほど。すぐに家に運んでもらい染めてみたらいい色が出たんです。すぐに小山先生に連絡して屏風はこれでいこうという話になりました。

 

 

左隻の屏風の「月」は今村紫紅「熱国之巻」(夕之巻)の最後に描いてある「月」がモチーフになっているとのこと。その光景が強く印象に残った小山先生は、その月を表現してほしいと大柳先生に頼んだそうですね。
メインは「月」だと伺いました。しかし月だけと言う訳にもいかず、それにあまり強烈な月にしてしまっても文字との調和が難しい。そこで山や雲といった自然な情景を表すのに構想を練りました。

 

 

左隻は藍の生葉で染めたものですね。
京都の吉岡幸雄さんの家で栽培された藍の生葉を送っていただきました。生葉は新鮮なものを使わないといけないので一度にたくさん届いても使い切れません。6回くらいに分けて送ってもらい、その都度染めました。1回につき1段分を染めるようなイメージです。それでも色味に差が出ます。染めたものを並び替え、薄いものから濃くなるようにしているので下段が一番濃いはずです。

この左隻は右隻の紅梅の料紙をつくってから3年ほど時間が経っています。紅梅の方は横に広がりのある情景で、穏やかで静かなのどかなイメージ。藍の方は縦に動きを出して少し趣が異なるようにしようということになりました。

確かこの月は直径1メートルの円だったと思います。左右各段にまたがって描いていて、紙を継ぎ合わせる部分も考えて、屏風に仕立てた時にきれいな円に見えるようにするのが難しかったです。箔の装飾も、貼り付けるのではなくて、大きさの異なる砂子をムラになるように撒いていきました。

 

 

ひとつの屏風に何セット作られましたか?
紅梅も藍も3組ずつ仕上げました。その3組を同じように仕上げるのが難しい。特に円くみえる「月」。屏風に仕立てるので左右の余白を残しておかないと折がかえる部分があります。少しずれてもいいように重なるように工夫して箔を撒きました。
やはり草木染めは、長期間光にあたっていたり、空気にふれていたりすることによって少しずつ色味が変化します。この藍も作ったころと今とでは青みが薄くなっているような気がします。

 

使った紙は楮紙ですか?
右隻の紅梅は新潟の小林康生さん、左隻の藍は長谷川聡さんの紙です。どちらも楮紙で4匁くらいのもの。打紙をして3.5匁くらいの厚さになっています。

 

そのほかに工夫したところなど自由にお聞かせください。
箔を装飾するのにドーサ液を使いますが濃いと紙がバリバリになってしまい、書く時も筆がとられ書きにくい。何度も重ねるので特に薄いものを使いました。これが強いと紙がゴワゴワしてきます。なるべく自然な風合いに仕上げようとしました。何もないように見えるところもうっすらと砂子を撒いています。
砂子や雲母をよけなくても上から気持ちよく書いてもらえるのが理想。書きやすい紙をつくらなければいけないと思っています。ドーサ液は必要な分だけ。貼り付けばOK。余分なものは残さない。なるべく自然な風合いに。殊更にデザインしました、というようなものではなく自然的な要素を大事にしています。この料紙制作は楽しくさせていただきました。(聞き手 田村彩華)

2020年12月インタビュー(抄出)

 


伊勢物語屏風贈呈式 記念講演 平成13年 成田山書道美術館

 

平成15年毎日芸術賞授賞式 中央:小山やす子先生 左から4人目:大柳久栄先生

 

 

東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

 

東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

 

東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」に展示中(2021年1月7日まで)

 

【掲載作品】成田山書道美術館蔵
小山やす子「伊勢物語屏風」 平成15年毎日芸術賞 彩箋墨書 六曲一双 各251.0×497.0㎝ 右隻平成11年、左隻平成13年寄贈