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  • 29、今日の書

    29-1、石飛博光「富士山」、永守蒼穹「直後黒い塊」、吉澤鐵之「東日本大震災十二首屏風」

    新型コロナウイルスの影響で年内休館することが決定し、29週にわたって収蔵品を紹介してきました。最後は「今日の書」です。
    当館は戦後作家のコレクションが充実しており、現在活躍されている作家の作品も収蔵しています。その多くが展覧会の出品作で、その作家にとって代表作となるものや受賞作が多く含まれます。これらの作品はこの先昭和、平成、令和時代の書として残っていくことでしょう。

    今回は2011年東日本大震災を背景に制作された作品を取り上げます。

     

     

     

     

     

    平成23(2011)年毎日芸術賞を受賞した石飛博光先生の作品です。震災の起こった年に開催された古稀の個展に出品した縦2m40㎝×横16mにもなる超大作。その個展のテーマは「未来におくる」。大震災の影響で準備していた構想を変更し、自然や大地の恵み、大切な命を意識した展覧会となりました。震災直後、草野心平「富士山」の詩をその恐怖から逃れようとするかのように、取り払うように必死で書いたといいます。復興を願う気持ちが原動力になったのでしょう。

     

     

    永守蒼穹先生の「直後黒い塊」は、震災の年の毎日書道展文部科学大臣賞受賞作です。
    大震災の津波の報道から被災地の状況を表現したもので、今日の言葉でこの時代の表現で書き残さなければならないものを形にしました。その瞬間でしか書けないもので、震災の記録としても後世に残すべき作品です。

     

     

     

    吉澤鐵之先生の「東日本大震災十二首屏風」は、地震が起きて1年半の間に目にした景色と自らの心情を12首の詩に賦し、出来合いの六曲一双屏風に書いています。平成25(2013)年の個展のメイン作として出品されました。
    「自分で作った詩を書く楽しみはこの上無く」というように、自作の漢詩を書作品として多く発表しています。米芾などの宋人や董其昌あたりを継ぐ古典的要素を含んだ独自の風で、震災の切実な体験がその書に込められています。

     

    これらは今の時代を生きた作家が、必然的に作品にしたものといえるでしょう。時代を反映する作品です。(田村彩華)

     

    【掲載作品】成田山書道美術館蔵
    石飛博光「富士山」平成23年毎日芸術賞 紙本墨書 一面 240.0×1653.0㎝
    永守蒼穹「直後黒い塊」平成23年毎日書道展文部科学大臣賞 紙本墨書 一面 116.0×112.0㎝
    吉澤鐵之「東日本大震災十二首屏風」平成25年個展 金箔紙墨書 六曲一双 各68.0×372.0㎝

  • 29、今日の書

    29-2、漢字の書

    新型コロナの影響で、多くの公募展が中止となり、現代を彩る先生方の作品を拝見する機会も少なくなっていると思います。そこで今回は当館が一昨年開催した「明治150年の書道」展から漢字の書をご紹介したいと思います。

     

    〇尾崎邑鵬先生 杜少陵詩

     

    ※1

     

    平成5年の日本芸術院賞を受賞された御作です。墨の潤渇と余白の絶妙のバランスが印象に残ります。

     

    〇杭迫柏樹先生 桃李不言

     

    ※2

     

    平成20年の日展に出品された御作です。生命力を感じる運筆が魅力的です。

     

     

    〇新井光風先生 老子儉欲

     

    ※3

     

    平成25年の個展に出品された御作です。一字一字に生命が宿ったような印象があります。

    大変お待たせしましたが、新型コロナ流行の影響で延期となっていた新井先生の展覧会は1月1日より開催します。こちらの御作も陳列させていただきます。会期は2月21日までございますので、ご無理のない日程でのご来館をお願い致します。

     

    展示場風景1

     

    展示場風景2

     

    展覧準備も整いました。

     

     

    〇樽本樹邨先生 應詔讌曲水詩

     

    ※4

     

    平成20年の日展文部科学大臣賞を受賞された御作です。清新な気が辺りに満ちているようです。

     

    〇吉川蕉仙先生 王羲之蘭亭集詩

     

    ※5

     

    平成27年の個展にご出品された御作です。内に迫る心情が無言で表出しているかのような気を感じます。

     

     

    〇髙木聖雨先生 駿歩

     

    ※6

     

    平成27年の日展文部科学大臣賞を受賞された御作です。文字と余白、落款に至る構成の美が際立っています。先般、日本芸術院会員となられて益々のご活躍が楽しみです。

     

    この半年間、数々の収蔵品と向き合い、改めて作品と対話することが出来たと感じています。皆様と会場でお会いできます日を楽しみにしています。(山﨑亮)

     

    【掲載収蔵作品】

    ※1、尾崎邑鵬 杜少陵詩 1面 240.0㎝×81.0㎝ 紙本墨書 平成5年日本芸術院賞受賞作 尾崎邑鵬氏寄贈

    ※2、杭迫柏樹 桃李不言 1面 93.5㎝×169.2㎝ 紙本墨書 平成20年日展出品作 杭迫柏樹氏寄贈

    3、新井光風 老子儉欲 4面 各137.4㎝×136.3㎝ 紙本墨書 平成25年新井光風作品展出品作 新井光風氏寄贈

    4、樽本樹邨 應詔讌曲水詩 1面 164.8㎝×83.6㎝ 紙本墨書 平成20年日展文部科学大臣賞受賞作 樽本樹邨氏寄贈

    5、吉川蕉仙 王羲之蘭亭集詩 四曲半双屏風 各169.7cm×69.0㎝ 紙本墨書 平成27年個展出品作 吉川蕉仙氏寄贈

    6、髙木聖雨 駿歩 1面 92.6㎝×157.8㎝ 紙本墨書 平成27年日展文部科学大臣賞受賞作 髙木聖雨氏寄贈

  • 29、今日の書

    29-3、今日の仮名

    日本書道史の上で最も大きな様式の転換期は、戦後の書道展の展開にあります。広い会場に不特定多数の観覧者を惹きつけるためには、造形的に強い印象を与えることが求められました。今日もその流れを汲む一方で、技法の深化が進んでいます。作家一人ひとりの趣向は書きぶりや線質、内容に表れ、用具用材や表装に創意工夫が見られます。そうした表現性における振幅の大きさを特に物語るのが、仮名の世界ではないでしょうか。

     

    日比野光鳳 「四季」平成22年 現代書道二十人展

     

    桜 さくら花ゆめかうつゝか白雲の たえてつれなき峰の春風… (部分)

     

     

     

    井茂圭洞  「富士山」 平成27年 一東書道会全国書道展

     

    …明日のほる富士のたかねをあふきつゝ 裾野の湖にふねこきあそふ… (部分)

     

     

     

    黒田賢一  「蛙」 平成29年 古稀個展

    かはづ鳴く甘南備河に影見えて今か咲くらむ山吹の花

     

     

     (部分)

     

     

    高木厚人  「吉野山」 平成30年 改組新第五回日展内閣総理大臣賞

     

    何となく春になりぬときく日よりこゝろにかゝるみ吉野の山
    山さむみ花さくべくもなかりけり… (部分)

     

     

     

    土橋靖子 「万葉二十二首貼り交ぜ屏風」 平成28年 個展

     

    こもりくの泊瀬の山はいろづきぬしぐれの雨はふりにけらしも…(右上)

     

     

     

    作品を通して「今日の仮名」の深化を実感していただけたでしょうか。展覧会によって作品の形態が固定化しつつある今日ですが、そうなると表現は作家の鍛錬によって洗練された表現が多く生まれています。

     

    また、現代書に位置付けられる仮名の魅力は、作家それぞれの個性にあるようです。あえて装飾料紙を使わずに仮名の字そのものを追究する姿勢を貫いた今関脩竹(8でご紹介)や、料紙に魅せられ紙づくりにはじまり表具の細部にわたり意匠を凝らした桑田笹舟(6でご紹介)、何巻もの巻子本を一具とする大作を遺した小山やす子(27でご紹介)など、その世界は一括りにできません。

     

    休館中のブログは今回で最終回となり、令和3年元日より展覧会を再開いたします。

     

    書には、実物を見ることでしか味わえない魅力があります。書き手のかすかな手のふるえ、絶妙な墨の色あい、文字の書かれた本紙だけでなく、作品全体の表装や装丁、大きさなど…印刷物では伝えられない、実物ならではの魅力を、会場でぜひ実感していただけたらと思います。(谷本真里)

     

    【所蔵掲載作品】
    日比野光鳳 「四季」平成22年 現代書道二十人展 紙本墨書 四曲半双 60.0×244.0
    井茂圭洞 「富士山」平成27年 一東書道会全国書道展 紙本墨書 一面 90.2×181.5
    黒田賢一 「蛙」平成29年 古稀個展 紙本墨書 二曲半双 185.0×176.0
    高木厚人 「吉野山」平成30年 改組新第五回日展内閣総理大臣賞 紙本墨書 一面 69.5×232.0
    土橋靖子 「万葉二十二首貼り交ぜ屏風」平成28年 個展 彩箋墨書 四曲一双 27.0×53.0×22枚

  • 28、書と人

    28-1、書と人 徳川家康と犬養毅

     

    古今語られる名言の中に「書は人なり」という言葉があります。時には書と人を見比べて意表を突かれることもあるでしょうが、おおむね「さもありなん」と合点することが多いのではないでしょうか。書は極めれば極める程、奥深い深みが増します。それは年齢を重ねて得た顔の皴の一筋一筋のようです。

    歴史に名を刻んだ偉人たちも味わい深い書を遺しています。今週は「人と書」をテーマとしてご紹介します。

     

    ※1

     

    こちらは徳川家康の熊野懐紙の模写本です。家康が藤原定家を愛好したことはすでに多くの先学により明らかにされています。譜代大名である姫路酒井家に伝わったこの幅は、先般、詳細な研究が発表されています。(高橋利郎 新出の模写本「熊野懐紙〈河辺落葉・旅宿冬月〉」と徳川家康における藤原定家の筆跡愛好について 大東文化大学『大東書道研究第二四号』2017年3月)

    起筆や終筆に丸みがあり、連綿を抑えた温かみのある書は定家の影響を強く感じます。

    徳川義宣氏の指摘によれば、家康の書は天下取りを意識しだした文禄期以降、大きく変化したことがわかります。家康はこの時期、定家の子孫である藤原惺窩に学び、京の公家とも親しく交流しています。惺窩の門人林羅山は幕府の思想教育の根幹を担いました。この作品は、将来を期する家康の心をも映し出しているようです。

     

    舌鋒鋭く論を張り、戦前の議会政治を盛り立てた犬養毅(木堂)は東洋事情に詳しく、能書として知られました。日本の書は明治になり、当時中国で盛行していた六朝を中心とする石碑に学ぶ風潮の影響を受け、野趣的で重厚な書に注目が集まりましたが木堂はこうした流れを批判的に見ていました。

     

    ※2

     

    流れるような切れ味のあるやや細身の線は、一画一画に伸びがあり、すっきりとした印象を与えています。宋の黄山谷あたりの影響を感じます。

     

    精力的な木堂は大変多くの書簡のやり取りをしました。簡潔、明晰な内容は物事の真理をよく捉え、木堂の考え方がよく伝わってきます。中にはこのような書に関する話題もあります。

     

    ※3

     

    石刻の写真を一覧し、字体からすると六朝の字ではないと言い切っています。

    この書簡は、木堂の慶應義塾在学中からの知り合いで、日本帝国政府経済委員などを務めた伊藤丈吉宛のものです。伊藤は、この1通を含めた計25通の書簡を2巻の巻子に仕立て、木堂に箱書きを依頼しています。

     

    木堂筆 箱書き表

     

    木堂筆 箱書き裏

     

     

    木堂筆 題箋

     

    晩年、万年筆を得た木堂は大変気に入ったようで万年筆を使い、このような書簡も送っています。

     

    ※3

     

     

    毛筆はもはや実用から駆逐され、30年もすればペンの世となるだろうと語っています。

    とりわけ木堂の思想を感じるのは冒頭の部分で、「日本人のものには和臭なかるべからず。若しこの臭が皆無れば即ち支那人のヘタなものになる。和臭ありてコソ支那人が感服するのである。感服する訳ハ彼子ハ和流が出来ぬからである。」と述懐しています。

    明治時代の漢学や中国の書の崇拝は大国清に対する憧れでもありました。そのため日本の風は和臭と卑下されたのです。しかし木堂はそれを日本人のみが有する個性として和流と表現しています。正に一国の宰相に相応しい言葉ではないでしょうか。

     

    書は時代を超えて相まみえることのなかった私たちを書き手と繋げてくれます。これこそ書の醍醐味といえるでしょう。(山﨑亮)

     

     

    【掲載収蔵作品】

    ※1、徳川家康 模写本「熊野懐紙」 1幅 35.7㎝×50.5㎝ 紙本墨書

    ※2、犬養木堂 五言古詩 1幅 133.8㎝×43.4㎝ 絖本墨書 甫田鵄川氏寄贈

    ※3、犬養木堂 木堂四十有餘年間簡牘 2巻 上:25.0㎝×682.0㎝ 下:25.0×785.0㎝ 紙本墨書 高木聖鶴氏寄贈

     

    【参考文献】

    「家康の書と遺品」展カタログ 徳川美術館・五島美術館 昭和58年

    名児耶明『書の見方』 角川学芸出版 平成20年

  • 28、書と人

    28- 2、正岡子規 「五月雨五句」

     

    子規にとって、書くことは生きることでした。

    子規の終わりといえば、絶筆三句がよく知られています。それは明治35年の9月18日の午前11時頃に書かれたもので、最期に寄り添った河東碧梧桐の『君が絶筆』に描写されます。死に際にあっても、生命力の最後の一滴を絞り出すように筆を執ったのです。自筆で遺された、辞世の三句には糸瓜が描かれます。咳をとめるための糸瓜は、結核を患い長い闘病生活を送った子規にとって身近なものでした。そんな子規の終わりに象徴される糸瓜が、この「五月雨五句」にも描かれています。

     

     

     

    五月雨や上野の山も見あきたり
    病人に鯛の見舞や五月雨 
    病人の枕ならべて五月雨
    五月雨や棚へとりつくもの蔓
    さみだれや背戸に落あふ傘ト傘

     

    これらの句は『子規全集』に「五月雨」の題でまとめられています。時は明治34年の夏。これらの一部は新聞や雑誌で活字になっており、この書幅に仕立てられた懐紙はその草稿と見られます。子規はこの年の6月10日頃に、谷中の自宅の庭に糸瓜棚を作らせました。五月雨に恵まれた糸瓜は瞬く間に成長し、この句中の「棚へとりつくものの蔓」となったのでしょう。

     

    実はその糸瓜棚を作った日には、碧梧桐が訪れています。二人が見た同じ糸瓜棚は、やがて終わりを告げる子規の句に実ります。「五月雨五句」は、終焉に向かう子規の心情を、糸瓜を起点にして物語ります。

     

    さらに、その箱書きからこの書幅の伝来の経緯を詳しく知ることができます。

    二重箱の外箱は透き漆がかけられ、光沢があります。表には「子規筆五月雨五句」とあり、裏には

    箱書 高浜虚子
    附 長塚節及び門間克弥書簡巻
    初代 長塚節
    二代 岡麓 
    三代 門間春雄
    四代 池田龍一蔵

    とあり、長塚節、岡麓、門間春雄という文学者の手を経て、池田の手中に収まったことを伝えます。この箱には二点が収められ、それぞれに内箱があり、子規の「五月雨五句」が納められた桐箱の蓋表には虚子が箱書きを認めています。

     

     

    もう一つの箱には、長塚節の書簡二通と門間勝弥の書簡一通を一巻にまとめた巻子本が納められています。

     

     

    こちらの箱書きは池田龍一の揮毫であることから、子規の書幅に合わせる形で書簡巻を合わせ、一緒に収めたようです。

     

     

    長文の書簡には、長塚節が大切な子規の書幅を自らも親しい門間春雄に譲渡することを岡麓に強く勧める様子や、やがてその手紙とともにさらに池田龍一へと渡る様子が書かれています。門人たちの想いとともに手から手へと、子規の書幅が大切に伝えられたことを裏付ける内容です。

     

     

    35年足らずでその生涯を閉じた子規ですが、その教えは門人たちによって『アカネ』や『馬酔木』、『アララギ』と受けつがれ、やがて子規の写生歌が歌壇を制覇するに至ります。子規の肉筆を有するということは、門人にとって大きな意味合いを持っていたようです。子規を敬う気持ちそのものがこれら一具からじわじわと伝わってきます。(谷本真里)

     

    【所蔵掲載作品】
    「五月雨五句」明治34年 一幅 35.0×48.0 紙本墨書
    「長塚節・門間春雄書簡」 128.0×50.0 紙本墨書

  • 28、書と人

    28-3、夏目漱石「菅虎雄宛書簡」「五言二句」

     

    夏目漱石 菅虎雄宛書簡 大正14年

     

     

     

     

    拝啓。談書会の件につき御高配を煩はし恐縮の至に存候。会誌四冊正に到着大に今情を慰め申候。楷法溯源といふものも大兄の御命令とかにて持来り候。買つて買へぬ事はなけれど夫程必要のものにも無之候故他日に譲り申候。先日御帰りの節は火鉢額懸物にて嘸かし御難儀の事と存候。右御礼迄。匆々頓首。十二月二十二日。金之助。虎雄様。
    二伸。此度の御手紙は前年度のものに比し遥かに上出来に候。あの分ならば友達の縁故を以て保存致し置可申候。猶斯道の為め御奮励祈候。珍重々々。

     

     

    これは大正4年12月22日付で夏目漱石(1867慶応3-1916大正5)が親友の菅虎雄(1864-1943)に宛てた書簡。菅はドイツ語学者で書家でもあり、漱石の墓標を揮毫した人物です。当時、第一高等学校の教授を務めていました。菅の勧めで日下部鳴鶴らが中心となって結成した談書会の研究誌『談書会誌』を購入したことなどを報告しています。漱石の書に対する興味と感心がうかがえる一通です。

    漱石はほかにも『書苑』の雑誌を購入しており、当時刊行されていた最新の情報を取り入れようとしていた様子がわかります。「石鼓文」「礼器碑」「興福寺断碑」などの碑帖や、王羲之、顔真卿、懐素、文徴明、呉昌碩などの法帖や印刷本も手元に置いていました。
    『漱石全集』の表紙は、愛蔵の「石鼓文」の拓本を自らデザインして作っています。もとは『こゝろ』の表紙で、それが現在の全集の表紙に採用されており、箱には「心」の文字を篆書で書いています。

     

    夏目漱石『こゝろ』 初版本 成田山仏教図書館蔵

     

     

    漱石は第一高等学校時代に正岡子規(ブログ28-2参照)について俳句を学び、明治24(1891)年の東大在学中は子規の添削指導を受けています。部屋には良寛や松山の僧・明月の額などを掛け、書画だけでなく文房具についても同様に関心を抱き、筆は長鋒の軟毛を好んだようです。書画への関心は制作だけでなく、蒐集や鑑賞にも広がっており、こうした活動を通じて手と目が同時に磨き上げられていったのでしょう。

     

    有名になるとあちらこちらからの依頼で、捌ききれないほどの揮毫をこなしています。この一幅も地方の方の求めに応じて書いたと思われる晩年の作です。

     

    夏目漱石「五言二句」

    惜花春起早。受之夜眠遅。

     

    明治43(1910)年、生死の間をさまよった修善寺の大患後、書画や俳句の創作に取り組み、文人的な傾向を強めた漱石は、大正3(1914)年ころ良寛の屏風を見て強い影響を受けます。まだ現在のように良寛が評価されていない時代に注目し、晩年は良寛の作品を手元に置いていました。しかし、良寛の影響が濃く表れた作は一時的だったようで、その後は自身の思うように自由に書いています。当時は中村不折や河東碧梧桐など六朝の風が流行していました。漱石も梧竹や副島蒼海らの作品を所持しており、積極的に六朝風の書を学ぶことはありませんでしたが関心を抱いていたことは確かです。良寛も梧竹も副島も伝統的な書の様式からはやや外れた表現で、漱石は書家とはまた異なる視点から書を捉え人間性や造形的な表現に惹かれていたのかもしれません。
    飾らずありのままの姿を写した漱石の書は、正直な生き方、繊細な人柄がうかがえるような気がします。(田村彩華)

     

    【掲載作品】
    夏目漱石 菅虎雄宛書簡 大正4年 紙本塁書 一通 17.8×136.0㎝
    夏目漱石 五言二句 紙本墨書 一幅 140.8×39.6㎝

  • 28、書と人

    28-4、川端康成「有由有縁」

     

     

    川端康成(1899-1972)が好んだ言葉でよく揮毫したという「有由有縁」
    「生きてゐるかぎり、人はいつなにごとがおこるかわからない。いつどこでなにびとに出会ふかわからない。時、所、人、物とのこの世でのめぐりあひ、邂逅、遭逢が人生のすくなからぬ、小さからぬ部分を占めるとは、私の体験でもあり、信仰でもある。(中略)仏法語の「有由有縁」にほかならない。良寛の詩の「我生いづこより来り、去つていづこにゆく。……空中しばらく、我あり……縁に従つてしばらく従容す。」といふところか」(川端康成「書」、「新潮」昭和46年5月号)と川端は述べます。人との出会いや物事の関わりは必然的な理由があって縁を結んでいるということでしょう。
    2歳のときに父を、3歳のときに母を肺結核で亡くし、その後祖父母に引き取られますが7歳のときに祖母が死去。10歳で姉を亡くし15歳の時に祖父が亡くなり、孤児となった川端は、不遇の境遇から文学の道を志し、多くの人との出会いや影響を受け、美や愛への転換を探求した数多くの名作を遺しています。人との繋がりを意味するこの言葉は川端の心に深く刻まれていたのかもしれません。
    やわらかな筆にたっぷりと墨を含ませ、一文字ずつ慎重にじっくりと気を込めて筆を運ぶこの作は、亡くなる前年のもの。川端としては比較的大型の作品です。

     

    小説家、文芸評論家として知られていますが、書に親しみ、人からの求めに応じて筆を執ることも多くありました。小説の題字なども自ら揮毫しています。
    東京帝国大学国文学科の時代に菊池寛に認められた川端は、文芸時評などで頭角を現します。卒業後は、横光利一らと『文藝時代』を創刊、新感覚派の作家と注目され、『雪国』や『伊豆の踊子』『山の音』など数々の小説を生み出しました。日本人初のノーベル文学賞を受賞したことで有名です。

    多彩な美術品をコレクションしていたことでも知られ、川端が入手した後に国宝に指定された池大雅・与謝蕪村「十便十宜帖」や浦上玉堂「凍雲飾雪図、そのほかにも縄文土器からロダン、古賀春江らの現代美術にいたるまで幅広い美術品を蒐集していました。また、夏目漱石、太宰治、谷崎潤一郎、三島由紀夫ら作家の書幅や書簡なども手元にあり、書を通じた作家との交流も垣間見えます。

    書や画には人格や魂が宿ると考えていた川端は、「美術品、ことに古美術を見てをりますと、これを見てゐる時の自分だけがこの生につながつてゐるやうな思ひがいたします(中略)美術品では古いものほど生き生きと強い新しさのあるのは言ふまでもないことでありまして、私は古いものを見るたびに人間は過去で失つて来た多くのもの、現在は失はれてゐる多くのものを知るのであります」(川端康成「反橋」、「風雪別冊」昭和23年10月号)といいます。生命を宿した作家たちの作品から人格をみようとした川端の感覚は、それまでの経験から培われてきたのでしょう。その幅広いコレクションは川端の美術に対する造詣の深さを物語ります。
    この晩年の作からは愛玩した池大雅の書が背後に見え、川端らしい言葉といい、川端の大作といえるのではないでしょうか。(田村彩華)

     

    【掲載作品】成田山書道美術館蔵
    川端康成 有由有縁 昭和46年 紙本墨書 一面 64.4×64.4

  • 27、高木聖鶴と小山やす子 

    27-1、高木聖鶴 一所不在の精神

    キビキビと毎日を過ごし、何事にも興味を持って意識高く毎日を過ごす。生涯学習と語る言葉は柔和でも話す人の目指す頂はとてつもなく高い。そんな姿を連想させる書家、高木聖鶴は岡山県総社に生まれ、生涯を同地で過ごし、風光明媚な吉備を愛し続けました。草書を読めるようになりたいという欲求から独学で始めた書の世界に魅了され、同郷の内田鶴雲に師事して戦後書壇の中枢で活躍しました。

    まず臨書作品からご紹介します。

     

    ※1

     

    穂先のばねを活かした連綿が魅力的です。

     

    ご寄贈時に箱書きもしていただきました。

     

    箱書き 表面

     

    箱書き 裏面

     

     

    元々独学で古筆を学んでいた聖鶴は、生涯を通じて様々な古筆を繰り返し臨書して滋養としました。古今和歌集1111首を諳んじ、1年で200本もの全臨に取り組んだ年もあったといいます。師鶴雲は古筆に加え、漢字を積極的に学ぶことを勧め、聖鶴もまた大きな影響を受けたと明かす王鐸をはじめ、漢字、かなにこだわらず多くの作品を学びました。

    次に平成に入ってからの作品をご紹介します。

     

    ※2

     

    メリハリのあるしっかりとした書き振りの草仮名で堂々と揮毫されています。余白の明るさがより文字を際立たせています。

    もう一点、

     

    ※3

     

    ※3 部分

     

     

    かなの醍醐味である細字の連綿で書き進められた前半部分と、大胆な変化で展開する後半部分の切り返しが見どころの作品です。物語を読み進めるような引き込まれる魅力を感じます。

     

    こちらの屏風は2点とも朝陽書道会屏風展の出品作で、成田山新勝寺の橋本照稔貫首晋山記念にご寄贈いただいたものです。

     

    屏風展への出品作として紙面のサイズが自ずから限られた条件の中で、大字、小字ともに存在感のある独自の世界を存分に発揮しています。古典を幅広く学ぶことでどのような条件でも作品として表現できる引き出しが増えるのでしょう。どんな条件をも作品の魅力に取り込む奥行きを感じさせます。

     

    モットーとされる一所不在の精神で常に新鮮な作品を発表され続けた高木聖鶴先生。当館待望のご寄贈記念の展覧会をご覧いただけなかったことは痛恨の極みでした。(山﨑亮)

     

    【掲載収蔵作品】

    ※1、高木聖鶴 貫之集下 1冊 1cm×16.9㎝ 彩箋墨書 昭和34年 高木聖鶴氏寄贈

    ※2、高木聖鶴 万葉集「あらたまの」 六曲半双屏風 5㎝×313.0cm 絖本墨書 平成15年朝陽書道会屏風展出品作 高木聖鶴氏寄贈

    ※3、高木聖鶴 古今和歌集「賀歌」 六曲半双屏風 7cm×304.4cm 彩箋墨書 平成15年朝陽書道会屏風展出品作 高木聖鶴氏寄贈

  • 27、高木聖鶴と小山やす子 

    27-2、小山やす子「貫之の歌四首」「土佐日記」

     

    当館では、平成を代表する仮名作家の一人として活躍した小山やす子の作品コレクションを所蔵しています。日展会員賞「山家集」、毎日書道展文部科学大臣賞「貫之の歌四首」、成田山橋本照稔貫首晋山記念「三十六人家集屏風」、最晩年の現代書道二十人展出品作などを含むコレクションは全部で28件。その白眉はなんといっても平成十五年に毎日芸術賞を受賞し、平成時代の仮名を象徴する代表作「伊勢物語屏風」です。現在は東京都美術館の「読み、味わう、現代の書」展に出品されています。特注の大型屏風は、実は成田山書道美術館の展示場に映えることを考慮して制作されたものです。一方で、「貫之集」や「紫式部集」のように何巻もの巻子本を一具として箱に収めた大作、短冊やかるたなどを折帖に貼り込んでひとまとめにした作などもあり、その様式と装丁の幅広さで作品ごとに見る者を引き込んでいきます。

     

     

    小山は良家の子女として生まれ、茶道や華道、書道、油絵など数々の習い事に親しみ、仏像や李朝・備前、魯山人のやきものなどにも関心を寄せながら育ちました。自宅にはいつもお気に入りの古筆を掛けていました。「美しく生きなければ、美しいものは創れない」という姿勢がその日常生活にも溢れていました。

     

     

    こちらは平成十四年の毎日書道展において文部科学大臣賞を受賞した大字仮名作品「貫之の歌四首」です。小山は古筆の拡大臨書をしたり、拡大鏡で一字一字追ったりしながら転折や筆圧の変化を読み取っています。また、一つの古典において「古典全体の呼吸を的確に、鋭敏に読み取りながら」臨書することを大切にしました。「原本に迫る情緒の感応」があってこそ学びが深くなるといいます。この大字仮名においても、連綿を多く取り入れ、情感の表現を重視しています。小山の大字仮名は、あくまで仮名本来の運筆のリズム感や情感を遺しながら追究する姿勢を貫いているように見えます。大字仮名の爛熟期にあり、一世代前の作家とはまた一味異なった完成度の高さを認めることができます。この作品に至るまでに多くの大字作品を発表してきましたが、小字作品に趣向を変えるのもこの頃です。

     

     

     

     

    こちらは、「土佐日記」の全編を書き下ろした大作で、二十三巻を一具とし、桐箱に収めています。その一部は時に応じて展覧会に出品されています。例えば第十二巻は日中女流書道家代表作品展に、第十八巻は平成十九年の毎日書道展に、といった具合で、展覧会には額装で発表したものを改めて巻物に仕立て直しています。公募展などの展覧会における作品発表が主流となった今日、自ずと規定にあわせた作品制作になりがちです。しかし、当館に寄贈していただいた大作にはその事情をあまり感じさせません。純粋な感性に沿って表現したい作品の全体像を描き、あくまでも制約にしばられることなく自由に制作したように映ります。この「土佐日記」や「伊勢物語」「紫式部日記」などの屏風や巻子本の制作は、晩年のライフワークでもありました。胸中に思い描いた大作に息長く取り組んでいくことで、書はもちろんのこと、料紙や装丁などにも意を凝らした会心の作品群を遺すことができたのでしょう。

    小山は古典一つひとつを丁寧に吟味し、臨書を繰り返しました。題材の内容理解も身についたもので、それぞれの物語や詩歌の情感に常に寄り添っていました。大作であってもサラッと仕上げてしまう力量と透徹した美意識、さらには豊かな鑑賞体験が多くの作品に合流しています。(谷本真里)

     

    【掲載所蔵作品】
    「貫之集」平成23年 4巻
    「貫之の歌四首」平成14年第54回毎日書道展文部科学大臣賞 一面
    「土佐日記」23巻

  • 27、高木聖鶴と小山やす子

    27-3、小山やす子「伊勢物語屏風」の料紙について

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    平成の仮名を代表する作品のひとつ、小山やす子「伊勢物語屏風」。
    弊館の大会場に展示する作品を寄贈してほしいと依頼し納めていただきました(右隻は平成11年、左隻は13年寄贈)。熟練した技量をいかんなく発揮した小山先生の代表作です。この作品で15年に毎日芸術賞を受賞しています。
    先生は「作品は料紙で決まる」といい、特に料紙にこだわりがあったようです。この作品の料紙を制作したのは、大柳久栄先生。平成2年ころに知り合い、何度も小山先生の料紙を手掛け、信頼関係が築きあげられたうえでこの屏風の作品の制作にあたったそうです。

    小山先生は以前から今村紫紅にあこがれ、東京国立博物館に足繁く通い作品をよく見ていました。この屏風の制作に取り掛かる前、二人で今村紫紅の展覧会を見に行った時のこと。長巻の「熱国之巻」2巻を見て、ふんだんに使われた金箔の振り方が面白いと着想を得、「これをいただいて作りましょう」と小山先生。これが話の始まりだったようです。

     

    この料紙を手掛けた大柳久栄先生にインタビューしました。

     

    小山先生からはどのような依頼がありましたか?
    今村紫紅の南国の風景を描いた絵巻物を参考にして明るい作品に仕上げてほしいと言われました。初めは巻物を作る予定で進めていたところ、屏風に変更。屏風だと一面なので、草稿の段階からどのような情景が良いのか、山や雲はどのあたりに配置したらよいのか細かく相談しながら進めました。

     

    右隻は紅梅で染めていますね。
    紅梅は埼玉県飯能の円泉寺の梅の幹を使いました。成田山と同じく真言宗智山派のお寺です。1月成人の日だったと思いますが、大雪で折れてしまった梅の幹をいただきました。花が咲く直前の木の幹は、折れてしまったところから色味がわかるほど。すぐに家に運んでもらい染めてみたらいい色が出たんです。すぐに小山先生に連絡して屏風はこれでいこうという話になりました。

     

     

    左隻の屏風の「月」は今村紫紅「熱国之巻」(夕之巻)の最後に描いてある「月」がモチーフになっているとのこと。その光景が強く印象に残った小山先生は、その月を表現してほしいと大柳先生に頼んだそうですね。
    メインは「月」だと伺いました。しかし月だけと言う訳にもいかず、それにあまり強烈な月にしてしまっても文字との調和が難しい。そこで山や雲といった自然な情景を表すのに構想を練りました。

     

     

    左隻は藍の生葉で染めたものですね。
    京都の吉岡幸雄さんの家で栽培された藍の生葉を送っていただきました。生葉は新鮮なものを使わないといけないので一度にたくさん届いても使い切れません。6回くらいに分けて送ってもらい、その都度染めました。1回につき1段分を染めるようなイメージです。それでも色味に差が出ます。染めたものを並び替え、薄いものから濃くなるようにしているので下段が一番濃いはずです。

    この左隻は右隻の紅梅の料紙をつくってから3年ほど時間が経っています。紅梅の方は横に広がりのある情景で、穏やかで静かなのどかなイメージ。藍の方は縦に動きを出して少し趣が異なるようにしようということになりました。

    確かこの月は直径1メートルの円だったと思います。左右各段にまたがって描いていて、紙を継ぎ合わせる部分も考えて、屏風に仕立てた時にきれいな円に見えるようにするのが難しかったです。箔の装飾も、貼り付けるのではなくて、大きさの異なる砂子をムラになるように撒いていきました。

     

     

    ひとつの屏風に何セット作られましたか?
    紅梅も藍も3組ずつ仕上げました。その3組を同じように仕上げるのが難しい。特に円くみえる「月」。屏風に仕立てるので左右の余白を残しておかないと折がかえる部分があります。少しずれてもいいように重なるように工夫して箔を撒きました。
    やはり草木染めは、長期間光にあたっていたり、空気にふれていたりすることによって少しずつ色味が変化します。この藍も作ったころと今とでは青みが薄くなっているような気がします。

     

    使った紙は楮紙ですか?
    右隻の紅梅は新潟の小林康生さん、左隻の藍は長谷川聡さんの紙です。どちらも楮紙で4匁くらいのもの。打紙をして3.5匁くらいの厚さになっています。

     

    そのほかに工夫したところなど自由にお聞かせください。
    箔を装飾するのにドーサ液を使いますが濃いと紙がバリバリになってしまい、書く時も筆がとられ書きにくい。何度も重ねるので特に薄いものを使いました。これが強いと紙がゴワゴワしてきます。なるべく自然な風合いに仕上げようとしました。何もないように見えるところもうっすらと砂子を撒いています。
    砂子や雲母をよけなくても上から気持ちよく書いてもらえるのが理想。書きやすい紙をつくらなければいけないと思っています。ドーサ液は必要な分だけ。貼り付けばOK。余分なものは残さない。なるべく自然な風合いに。殊更にデザインしました、というようなものではなく自然的な要素を大事にしています。この料紙制作は楽しくさせていただきました。(聞き手 田村彩華)

    2020年12月インタビュー(抄出)

     


    伊勢物語屏風贈呈式 記念講演 平成13年 成田山書道美術館

     

    平成15年毎日芸術賞授賞式 中央:小山やす子先生 左から4人目:大柳久栄先生

     

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展示風景

     

    東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」に展示中(2021年1月7日まで)

     

    【掲載作品】成田山書道美術館蔵
    小山やす子「伊勢物語屏風」 平成15年毎日芸術賞 彩箋墨書 六曲一双 各251.0×497.0㎝ 右隻平成11年、左隻平成13年寄贈