29、今日の書

29-3、今日の仮名

日本書道史の上で最も大きな様式の転換期は、戦後の書道展の展開にあります。広い会場に不特定多数の観覧者を惹きつけるためには、造形的に強い印象を与えることが求められました。今日もその流れを汲む一方で、技法の深化が進んでいます。作家一人ひとりの趣向は書きぶりや線質、内容に表れ、用具用材や表装に創意工夫が見られます。そうした表現性における振幅の大きさを特に物語るのが、仮名の世界ではないでしょうか。

 

日比野光鳳 「四季」平成22年 現代書道二十人展

 

桜 さくら花ゆめかうつゝか白雲の たえてつれなき峰の春風… (部分)

 

 

 

井茂圭洞  「富士山」 平成27年 一東書道会全国書道展

 

…明日のほる富士のたかねをあふきつゝ 裾野の湖にふねこきあそふ… (部分)

 

 

 

黒田賢一  「蛙」 平成29年 古稀個展

かはづ鳴く甘南備河に影見えて今か咲くらむ山吹の花

 

 

 (部分)

 

 

高木厚人  「吉野山」 平成30年 改組新第五回日展内閣総理大臣賞

 

何となく春になりぬときく日よりこゝろにかゝるみ吉野の山
山さむみ花さくべくもなかりけり… (部分)

 

 

 

土橋靖子 「万葉二十二首貼り交ぜ屏風」 平成28年 個展

 

こもりくの泊瀬の山はいろづきぬしぐれの雨はふりにけらしも…(右上)

 

 

 

作品を通して「今日の仮名」の深化を実感していただけたでしょうか。展覧会によって作品の形態が固定化しつつある今日ですが、そうなると表現は作家の鍛錬によって洗練された表現が多く生まれています。

 

また、現代書に位置付けられる仮名の魅力は、作家それぞれの個性にあるようです。あえて装飾料紙を使わずに仮名の字そのものを追究する姿勢を貫いた今関脩竹(8でご紹介)や、料紙に魅せられ紙づくりにはじまり表具の細部にわたり意匠を凝らした桑田笹舟(6でご紹介)、何巻もの巻子本を一具とする大作を遺した小山やす子(27でご紹介)など、その世界は一括りにできません。

 

休館中のブログは今回で最終回となり、令和3年元日より展覧会を再開いたします。

 

書には、実物を見ることでしか味わえない魅力があります。書き手のかすかな手のふるえ、絶妙な墨の色あい、文字の書かれた本紙だけでなく、作品全体の表装や装丁、大きさなど…印刷物では伝えられない、実物ならではの魅力を、会場でぜひ実感していただけたらと思います。(谷本真里)

 

【所蔵掲載作品】
日比野光鳳 「四季」平成22年 現代書道二十人展 紙本墨書 四曲半双 60.0×244.0
井茂圭洞 「富士山」平成27年 一東書道会全国書道展 紙本墨書 一面 90.2×181.5
黒田賢一 「蛙」平成29年 古稀個展 紙本墨書 二曲半双 185.0×176.0
高木厚人 「吉野山」平成30年 改組新第五回日展内閣総理大臣賞 紙本墨書 一面 69.5×232.0
土橋靖子 「万葉二十二首貼り交ぜ屏風」平成28年 個展 彩箋墨書 四曲一双 27.0×53.0×22枚